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オムニバス連載 #人生を変えた一曲

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様々なライター・クリエイターとのコラボ企画。それぞれが「人生を変えた一曲」について自由に綴るオムニバス連載。
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#人生を変えた一曲

NEW JACK SWING が繋いだK-POP、そしてLDHとの縁 #人生を変…

この記事はLINE MUSIC公式noteオムニバス連載「#人生を変えた一曲」に寄稿したものです。 音…

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2000年の、山崎まさよし、ギター、インターネット。 #人生を変えた一曲byLI…

「『人生を変えた一曲』について、エッセイを1本お願いできないでしょうか? 」 Messengerの…

ドント・ルック・バック・イン・アンガー合唱団、海を渡る #人生を変えた一曲 by LINE…

洋楽は大人世界への入場券である。 少なくとも90年代に愛知の田園地帯で暮らす14歳にとって、…

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めずらしい生き方にはほど遠いけど僕は僕を信じて生きていって #人生を変えた一曲 by …

ある夏の日、外回りに出ていた。 その日は朝からかんかん照りで、昼のピーク時には蜃気楼のよ…

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ポルノグラフィティ『愛が呼ぶほうへ』を聴いて一生の仲間に逢えた #人生を変えた一…

「カオリに告られたんだけど」 目の前が真っ暗になった経験は後にも先にもこの言葉を聞いたと…

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死にたいと思った17歳の若者と今の自分と #人生を変えた一曲

こちらの記事は、LINE MUSIC公式noteオムニバス連載「#人生を変えた1曲」に寄稿したマンガ…

2005年、あのバンドが僕をモッシュピットエリアまでぶん投げた #人生を変えた一曲

大学入学を機に、軽音楽サークルに入った。18歳のことだ。モテたかった。中高6年間男子校で、バスケしかやっていなかった。童貞だった。とにかくモテるためには、ギターを背負うしかないと思った。マイクを握り、伝説の曲を作って歌うしかないと思った。 ベニヤ板みたいなテーブルの上で、入部届けを書いた。「バンド経験、なし。パート、ヴォーカルかギター希望」。その日中に開かれた新歓コンパは、二次会まであった。精子みたいな匂いが立ちこめるカラオケボックス。歌がめちゃくちゃうまいやつがいた。聞い

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『光、再考』をきいて、15歳の私は私を肯定した #人生を変えた一曲

こちらの記事は、LINE MUSIC公式noteオムニバス連載「#人生を変えた1曲」に寄稿したマンガ…

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私は誰かに、「ええねん」と言ってほしかったのだ

たまに、「自分のことを全肯定してくれる人がいればなあ」と思うときがある。 自分の弱さや、…

フジファブリックと私の16年 ~ハットのリズムでどこでも行け!~

私には、16年間憧れ続けている存在がいる。 『フジファブリック』というバンドである。 2004…

「音楽にそんなに興味ない」という人に思うこと

これは完全に今だから言えることだけど、初めてアジカンの「ソルファ」を聴いたときは何が良い…

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